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川越市教育長賞
「おかたづけをしよう」
わたしは、ココちゃんといっしょでおかたづけがにがてです。いっぱいおもちゃやぬいぐるみを出してあそびます。でも、外であそびたくなるときは、たまにかたづけないであそびに行ってしまいます。それで、いえにかえったらおかあさんに
「こらっ、かたづけなさい。」
とおこられます。
ココちゃんのおかあさんは、
「きのこがはえてくるわよ。」
と言っているね。ココちゃんは、
「きのこがはえたらおもしろいな。なべにいれてたべちゃうもん。」
と言っているけど、わたしは、きのこがはえたらトランポリンにしたり、つくえやいすにしてべんきょうしたいなと思いました。
わたしの町にもアリクイサービス社がいてほしいです。でも、とことんぴっかぴかコースはえらびたくないです。だってココちゃんみたいにものがぜんぶなくなったらこまるからです。だからココちゃんのものがもどったときはホッとしました。
わたしのへやも今はとってもきれいです。がんばってこれからもかたづけたいと思います。だってアリクイサービスがきたらこまるからです。それに、かたづけると心がすっきりします。だからココちゃんにもかたづけたら心がすっきりするよとおしえたいです。
伊奈町立小針北小学校2年 遠藤小夏
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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★小学校中学年の読書メッセージ!★優秀賞
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埼玉県中学校長会賞
「『わたしのとくべつな場所』を読んで」
私は、この題名を初めて見た時に、「とくべつな場所」ってどんな場所なのか、とてもドキドキして楽しみでした。
この本は、アメリカのテネシー州ナッシュビルというところで育ったパトリシアという女の子の、本当にあったことのお話です。
ナッシュビルには、今から60年ぐらい前に人種差べつがありました。人種差べつとは、はだの色が黒い黒人に、いろいろな事をかんばんに書いて、黒人をどんどんその町から追い出してしまうようなことです。
私は、この本を読みながら、とても悲しい気持ちになりました。どうしてはだの色がちがうだけで、こんなにひどい目に合わなければならないのか、とても私はおかしいと思いました。
パトリシアも黒人でした。いつもおばあちゃんにずっと連れて行ってもらっていたところに、13才になった時にたった一人で、勇気を出して出かけて行きます。
バスに乗ると、前の方の席があいていても、一番おくの「黒人指定席」という後ろの席に座らなければなりませんでした。公園のベンチにこしかけて休もうとした時には、ベンチに「白人せん用」と書いてあり、あわててベンチから飛びあがりました。道路にあるレストランを見ても、「白人のお客さま以外おことわり。」と書いてあり、お城のようなホテルの前を通った時に、パトリシアは人ごみにおされ、ホテルの中に入れられてしまっただけなのに、だれかに指をさされ、
「はだの黒い人間は立ち入り禁止だぞ!!」
と追いはらわれてしまったりと、とてもつらくて、悲しくて、さびしくて、くやしい思いをたくさんしながら、一生けん命とちゅうまで一人でやってきました。私はここまで、パトリシアがきたことが、とてもすごいことだと思いました。私だったら、きっととちゅうで、つらくて帰ってきてしまうと思います。
パトリシアもとちゅう、くじけそうになり教会の庭で一人で泣いていました。でも、
「おばあちゃんの声が聞こえるよ。」
と言って、知りあいのおばあさんが元気づけてくれました。それからは、スキップをするほど明るくなって元気に、とくべつな場所に向かって行きました。私はこの時、とてもうれしい気持ちになりました。そしてとうとう、パトリシアは、とくべつな場所につきました。正面入口には、
「だれでも自由に入ることができます。」
という言葉が書いてありました。
ここに来るまでにいろいろな人種差べつをされる、かんばんがあったけれどパトリシアにとって、どんな苦ろうをしてもここは、大切な場所だったんだと思います。きっと、この建物を見ると、つらいことや、悲しいことや、はずかしいと思うことがきえてしまうような、ふしぎな場所だったのかなと思いました。だから、図書館とはいわずに「とくべつな場所」と、パトリシアは言ったのだと思います。今は、アメリカではあまり人種差べつはなくなったみたいですが60年くらい前は、黒人の人はとてもつらい思いをたくさんしていたんだなとこの本を読んでわかりました。
今のアメリカの大とうりょうが、オバマ大とうりょうになったことで、アメリカは変わったのかなと思います。そして、黒人も白人も、みんながなかよく同じように、平和にくらせる世界になってほしいです。
さいたま市立泰平小学校4年 福島真綾
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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埼玉県中学校長会賞
「『わたしのとくべつな場所』を読んで」
私は、この題名を初めて見た時に、「とくべつな場所」ってどんな場所なのか、とてもドキドキして楽しみでした。
この本は、アメリカのテネシー州ナッシュビルというところで育ったパトリシアという女の子の、本当にあったことのお話です。
ナッシュビルには、今から60年ぐらい前に人種差べつがありました。人種差べつとは、はだの色が黒い黒人に、いろいろな事をかんばんに書いて、黒人をどんどんその町から追い出してしまうようなことです。
私は、この本を読みながら、とても悲しい気持ちになりました。どうしてはだの色がちがうだけで、こんなにひどい目に合わなければならないのか、とても私はおかしいと思いました。
パトリシアも黒人でした。いつもおばあちゃんにずっと連れて行ってもらっていたところに、13才になった時にたった一人で、勇気を出して出かけて行きます。
バスに乗ると、前の方の席があいていても、一番おくの「黒人指定席」という後ろの席に座らなければなりませんでした。公園のベンチにこしかけて休もうとした時には、ベンチに「白人せん用」と書いてあり、あわててベンチから飛びあがりました。道路にあるレストランを見ても、「白人のお客さま以外おことわり。」と書いてあり、お城のようなホテルの前を通った時に、パトリシアは人ごみにおされ、ホテルの中に入れられてしまっただけなのに、だれかに指をさされ、
「はだの黒い人間は立ち入り禁止だぞ!!」
と追いはらわれてしまったりと、とてもつらくて、悲しくて、さびしくて、くやしい思いをたくさんしながら、一生けん命とちゅうまで一人でやってきました。私はここまで、パトリシアがきたことが、とてもすごいことだと思いました。私だったら、きっととちゅうで、つらくて帰ってきてしまうと思います。
パトリシアもとちゅう、くじけそうになり教会の庭で一人で泣いていました。でも、
「おばあちゃんの声が聞こえるよ。」
と言って、知りあいのおばあさんが元気づけてくれました。それからは、スキップをするほど明るくなって元気に、とくべつな場所に向かって行きました。私はこの時、とてもうれしい気持ちになりました。そしてとうとう、パトリシアは、とくべつな場所につきました。正面入口には、
「だれでも自由に入ることができます。」
という言葉が書いてありました。
ここに来るまでにいろいろな人種差べつをされる、かんばんがあったけれどパトリシアにとって、どんな苦ろうをしてもここは、大切な場所だったんだと思います。きっと、この建物を見ると、つらいことや、悲しいことや、はずかしいと思うことがきえてしまうような、ふしぎな場所だったのかなと思いました。だから、図書館とはいわずに「とくべつな場所」と、パトリシアは言ったのだと思います。今は、アメリカではあまり人種差べつはなくなったみたいですが60年くらい前は、黒人の人はとてもつらい思いをたくさんしていたんだなとこの本を読んでわかりました。
今のアメリカの大とうりょうが、オバマ大とうりょうになったことで、アメリカは変わったのかなと思います。そして、黒人も白人も、みんながなかよく同じように、平和にくらせる世界になってほしいです。
さいたま市立泰平小学校4年 福島真綾
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★小学校高学年の読書メッセージ!★優秀賞
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埼玉県公立小学校校長会賞
「『こども電車』をよんで」
私は、この「こども電車」を読みました。こども電車とは、こどもの夢と希望を運ぶこの電車。午後九時がこども電車の最終電車が発車する。いつもなら、だれもが乗れるこの電車には、乗れなくなるこども達がいます。それは、本当の自分にいつわっている子、心にきずを負っている子。一人でも多くの人々を乗せるためこども電車は走り続けていくという物語です。
私は、「一人でも多く」とは、乗れなくなった子どもたちの事だと思っています。こども電車に乗れなくなった子を変えていったのが「けい」という少年。けいからドンドン広がっていくこども電車。クラスでの問題をきっかけに病気になってしまった少女。「れいな」。れいなは、愛という少女といじめをくり返し、しあっていたのを見るけい。二人の中は、よく分からなくなっていく。しかし、病気にまでなってしまった、大切な友人を、ほうっておけない。五年一組、クラス全員の乗った一つの光はれいなのものへ、走っていきます。ここの場面を読んだ時、どんな時も仲間を思いやっていくのが、本当の仲間なんだなと思いました。人を思いやる心が出来て初めて仲間、友達、が出来るのかなと思います。初めて出来る、思いやる心は、いろいろな思いがつまって出来る物だと思います。
だれかが、うらやましくて、大切な物をこわす…。それは、心の中に、真っ黒いかげがあるから。人を無視したりすること。それも同じ事。人の心に出来た黒いかげは、自分では取れないと思います。なぜなら、自分で作ってしまったのだから…。黒いかげをこわせるのは、人の思いやり、自分の思いやりだと思います。黒いかげを作らないためには、自分の心と向き合うことが大切だと思います。れいなと愛のように、心が通じ合えば、いじめ、ケンカからもぬけ出す事が出来る。いじめをし合ったって、心と心が向きあえば仲直りする事が出来ると思います。最初から、いじめをしあう事は、よくないけれど、後、笑い顔をしていれば幸せだと思います。だから今、れいなと愛は、幸せな気持ちであふれていると思います。
この、こども電車には、色別になっていて色ごとにつく国もちがいます。自分の好きな色の電車に乗って、いきたい国へ行くことが出来ます。電車は、午後七時から走っています。私は鉄道の事や電車のことは、よく分からないけれど、色で行ける場所も分かっていたら、いいのになぁと思います。楽しく外をながめれば、友達が乗っているのがみえたりして、すごくおもしろいなと思います。こんな電車があったら、いつでも夢の中で楽しく遊べていれるのに…と思いました。
夢、希望に、みちあふれたこども電車は、午後九時…。今日も、最終電車は、走っているのでしょうか。
さいたま市立泰平小学校5年 佐藤愛里
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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埼玉県公立小学校校長会賞
「『こども電車』をよんで」
私は、この「こども電車」を読みました。こども電車とは、こどもの夢と希望を運ぶこの電車。午後九時がこども電車の最終電車が発車する。いつもなら、だれもが乗れるこの電車には、乗れなくなるこども達がいます。それは、本当の自分にいつわっている子、心にきずを負っている子。一人でも多くの人々を乗せるためこども電車は走り続けていくという物語です。
私は、「一人でも多く」とは、乗れなくなった子どもたちの事だと思っています。こども電車に乗れなくなった子を変えていったのが「けい」という少年。けいからドンドン広がっていくこども電車。クラスでの問題をきっかけに病気になってしまった少女。「れいな」。れいなは、愛という少女といじめをくり返し、しあっていたのを見るけい。二人の中は、よく分からなくなっていく。しかし、病気にまでなってしまった、大切な友人を、ほうっておけない。五年一組、クラス全員の乗った一つの光はれいなのものへ、走っていきます。ここの場面を読んだ時、どんな時も仲間を思いやっていくのが、本当の仲間なんだなと思いました。人を思いやる心が出来て初めて仲間、友達、が出来るのかなと思います。初めて出来る、思いやる心は、いろいろな思いがつまって出来る物だと思います。
だれかが、うらやましくて、大切な物をこわす…。それは、心の中に、真っ黒いかげがあるから。人を無視したりすること。それも同じ事。人の心に出来た黒いかげは、自分では取れないと思います。なぜなら、自分で作ってしまったのだから…。黒いかげをこわせるのは、人の思いやり、自分の思いやりだと思います。黒いかげを作らないためには、自分の心と向き合うことが大切だと思います。れいなと愛のように、心が通じ合えば、いじめ、ケンカからもぬけ出す事が出来る。いじめをし合ったって、心と心が向きあえば仲直りする事が出来ると思います。最初から、いじめをしあう事は、よくないけれど、後、笑い顔をしていれば幸せだと思います。だから今、れいなと愛は、幸せな気持ちであふれていると思います。
この、こども電車には、色別になっていて色ごとにつく国もちがいます。自分の好きな色の電車に乗って、いきたい国へ行くことが出来ます。電車は、午後七時から走っています。私は鉄道の事や電車のことは、よく分からないけれど、色で行ける場所も分かっていたら、いいのになぁと思います。楽しく外をながめれば、友達が乗っているのがみえたりして、すごくおもしろいなと思います。こんな電車があったら、いつでも夢の中で楽しく遊べていれるのに…と思いました。
夢、希望に、みちあふれたこども電車は、午後九時…。今日も、最終電車は、走っているのでしょうか。
さいたま市立泰平小学校5年 佐藤愛里
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★中学生の読書メッセージ!★優秀賞
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さいたま市教育長賞
「私が初めてこの本を」
私が初めてこの本を読んだのは、小学校五年生の夏休みでした。六十五年位前に同じ小学五年生の女の子が書いた絵日記だから読んでみたら、と母から勧められて読んだのですが、それまでに出会ったことのない本でした。昭和二十一年の夏にその女の子が書いた絵日記をそのまま本にしたものなのです。当時の紙は、今のように質の良い白い紙ではなく、茶色っぽいわら半紙です。この本は今の紙で作られているので、手触りは当時の絵日記とは違いますが、五十年以上の長い時を経て、わら半紙にシミがたくさん浮き出ている五年生の絵日記がそのまま本になっているのです。私は、人の日記をこっそり見てしまったという気持ちと、六十年以上前の同じ年の女の子はこんな夏休みを過ごしていたんだ…という思いが入り混ざったとても不思議な感覚で読みました。
日記は、七月二十一日から八月三十一日まで、一日も欠かすことなく丁寧に書かれています。私は、同じ日にこの子は何をしていたのかな?という少しワクワクした気持ちもあり、夏休み中何度もその本を読みました。
今とは漢字の書き方や平仮名の使い方の違う所がたくさんあって少し読むのに苦労しました。天気の『気』、学校の『学』、帰る、読む、売るなどいくつもの漢字が難しい字で書かれていたり、思ひました、お手伝ひ、いつものやうに、とか勉強がべんきゃうと書かれているのです。今では国語の授業で古文も習い、少し分かるようになったのですが、当時は何でこう書くのかな?ととても不思議でした。
もう一つ不思議に思ったことは、両親のことを書く時、敬語を使っていることです。お父さんに本を買ってもらった日は、『本を買っていただきました。』と書いてあり、お盆の日の日記には、『お母さんは夕方、おだんごを作っておそなえになりました。』と書いてあるのです。両親に敬語を使うことにすごく違和感があったのです。
両親に敬語を使っていたこの絵日記が書かれた頃の日本がどのような時代だったのかを私はこの本を読んだ二年後に少し知ることができました。昨年の夏休みに家族で沖縄へ行き、その時に平和記念館を訪れました。戦争に関する資料を見たり、当時、女学生で実際に傷付いた兵士のお世話をしていたという方のお話を直接お聞きすることができました。日本という国が戦争一色に染まり、国の為に命を捧げることも当たり前だったということを知り、とても衝撃を受けました。そして、その後にもう一度この本を読み返してみると、五年生の時に読んだ時とは全く違う気持ちになりました。
この日記が書かれたのは、終戦の翌年です。戦争が終わっているとはいえ、戦争の名残りがたくさんあったと思います。日記を書いた女の子は当時まだ十歳なのに友達と遊んだ話が一つも書かれていません。私が最初に読んだ時は難しくて読まなかった“あとがき”を読んでみると、疎開地でよそ者扱いをされて友人ができなかったということが書かれていました。日記からは読み取れない女の子の影のような部分を“あとがき”を読んで感じました。
また、この日記を読んでいると食べ物の話が多く出てくることに気付きます。今のように食べる物に不自由しない時代では考えられないことですが、食べ物への思いが強かった時代だったということの象徴なのでしょう。そして、その食べ物も、家で育てている野菜や配給される食べ物の話なのです。だから、育てている野菜の育ち具合や何がどれだけ配給されたかということが度々書かれているのです。育てている野菜や米の育ち具合が気になるのと同時に、季節の移ろいにとても敏感なこともこの日記から伝わってきます。天気や気温の変化などを細かく感じとっているのです。今は冷房があったり、日々の忙しさに気を取られて、この頃より季節の変化を感じる心が鈍くなっているような気がします。この時代は、物はあまり無く貧しい時代だったかもしれませんが、今は失われてしまった自然に対する気持ちや物を大切にする気持ちがとても豊かだったように思えます。文章の丁寧さや、わら半紙一枚一枚に几帳面に線を引いて書かれているこの絵日記を見ると、今では感じることができない良さがあるなと思いました。
この本は、私にとってこの先も折に触れて何度も読み返したくなる本だと思うのです。そして、その度にいろいろなことに気付いたり新鮮な気持ちになれそうな気がします。今までおもしろいと思ったり、読んでよかったなと思える本はたくさんありますが、この本のようにずっと大切にしたいと思える本にはなかなか出会えないような気がします。たくさんの人に読んでもらいたい本だと思います。
鴻巣市立鴻巣中学校2年 岩崎真奈
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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さいたま市教育長賞
「私が初めてこの本を」
私が初めてこの本を読んだのは、小学校五年生の夏休みでした。六十五年位前に同じ小学五年生の女の子が書いた絵日記だから読んでみたら、と母から勧められて読んだのですが、それまでに出会ったことのない本でした。昭和二十一年の夏にその女の子が書いた絵日記をそのまま本にしたものなのです。当時の紙は、今のように質の良い白い紙ではなく、茶色っぽいわら半紙です。この本は今の紙で作られているので、手触りは当時の絵日記とは違いますが、五十年以上の長い時を経て、わら半紙にシミがたくさん浮き出ている五年生の絵日記がそのまま本になっているのです。私は、人の日記をこっそり見てしまったという気持ちと、六十年以上前の同じ年の女の子はこんな夏休みを過ごしていたんだ…という思いが入り混ざったとても不思議な感覚で読みました。
日記は、七月二十一日から八月三十一日まで、一日も欠かすことなく丁寧に書かれています。私は、同じ日にこの子は何をしていたのかな?という少しワクワクした気持ちもあり、夏休み中何度もその本を読みました。
今とは漢字の書き方や平仮名の使い方の違う所がたくさんあって少し読むのに苦労しました。天気の『気』、学校の『学』、帰る、読む、売るなどいくつもの漢字が難しい字で書かれていたり、思ひました、お手伝ひ、いつものやうに、とか勉強がべんきゃうと書かれているのです。今では国語の授業で古文も習い、少し分かるようになったのですが、当時は何でこう書くのかな?ととても不思議でした。
もう一つ不思議に思ったことは、両親のことを書く時、敬語を使っていることです。お父さんに本を買ってもらった日は、『本を買っていただきました。』と書いてあり、お盆の日の日記には、『お母さんは夕方、おだんごを作っておそなえになりました。』と書いてあるのです。両親に敬語を使うことにすごく違和感があったのです。
両親に敬語を使っていたこの絵日記が書かれた頃の日本がどのような時代だったのかを私はこの本を読んだ二年後に少し知ることができました。昨年の夏休みに家族で沖縄へ行き、その時に平和記念館を訪れました。戦争に関する資料を見たり、当時、女学生で実際に傷付いた兵士のお世話をしていたという方のお話を直接お聞きすることができました。日本という国が戦争一色に染まり、国の為に命を捧げることも当たり前だったということを知り、とても衝撃を受けました。そして、その後にもう一度この本を読み返してみると、五年生の時に読んだ時とは全く違う気持ちになりました。
この日記が書かれたのは、終戦の翌年です。戦争が終わっているとはいえ、戦争の名残りがたくさんあったと思います。日記を書いた女の子は当時まだ十歳なのに友達と遊んだ話が一つも書かれていません。私が最初に読んだ時は難しくて読まなかった“あとがき”を読んでみると、疎開地でよそ者扱いをされて友人ができなかったということが書かれていました。日記からは読み取れない女の子の影のような部分を“あとがき”を読んで感じました。
また、この日記を読んでいると食べ物の話が多く出てくることに気付きます。今のように食べる物に不自由しない時代では考えられないことですが、食べ物への思いが強かった時代だったということの象徴なのでしょう。そして、その食べ物も、家で育てている野菜や配給される食べ物の話なのです。だから、育てている野菜の育ち具合や何がどれだけ配給されたかということが度々書かれているのです。育てている野菜や米の育ち具合が気になるのと同時に、季節の移ろいにとても敏感なこともこの日記から伝わってきます。天気や気温の変化などを細かく感じとっているのです。今は冷房があったり、日々の忙しさに気を取られて、この頃より季節の変化を感じる心が鈍くなっているような気がします。この時代は、物はあまり無く貧しい時代だったかもしれませんが、今は失われてしまった自然に対する気持ちや物を大切にする気持ちがとても豊かだったように思えます。文章の丁寧さや、わら半紙一枚一枚に几帳面に線を引いて書かれているこの絵日記を見ると、今では感じることができない良さがあるなと思いました。
この本は、私にとってこの先も折に触れて何度も読み返したくなる本だと思うのです。そして、その度にいろいろなことに気付いたり新鮮な気持ちになれそうな気がします。今までおもしろいと思ったり、読んでよかったなと思える本はたくさんありますが、この本のようにずっと大切にしたいと思える本にはなかなか出会えないような気がします。たくさんの人に読んでもらいたい本だと思います。
鴻巣市立鴻巣中学校2年 岩崎真奈
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★小学校中学年の読書メッセージ!★読書奨励賞
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日本語検定委員会特別賞
「とべないホタルを読んで」
ぼくはホタルを見たことがありません。この本を読もうと思ったのは、ホタルのことを知りたかったからです。どんなお話だろうと思ったからです。思っていたのとはちょっとちがうお話でした。でも、とてもいいお話でした。
サナギからかえった日、ホタルたちは一人前のホタルになれてとてもうれしそうでした。まだやわらかい羽を動かしたりして、早くとびたいんだなと思いました。ぼくもなんだかわくわくしました。ホタルたちがいっせいにとんだ時は、やったぁ、よかったね。と思いました。田んぼや海を初めて空から見てびっくりしただろうなと思いました。うれしかっただろうなと思いました。
だから、一ぴきだけ、羽がちぢれてとべないホタルがいて、とてもかなしくなりました。やっと、一人前になって、やっととべると思ってわくわくしていただろうに、どんなに羽を動かしてもとべなくて、悲しかっただろうなあとかわいそうに思いました。
そのホタルに、ほかのホタルが声をかけて、はげましたり、アドバイスをしたりしてみんなでおうえんしました。みんなやさしいな、と思いました。でも、どうにもならないことがあります。おうえんしてもらっても、羽がちぢれてしまっているから、どうしてもとぶことができません。とべないとわかった時は、くやしくて悲しくて、もどかしかっただろうなあと思います。
とべないホタルはみんなとはとべないから、自分が行けるネコヤナギのえだから見える景色を楽しんでいました。みんなと同じ所に行けなくても自分でできることをしてがんばって生きててえらいなと思いました。
他のホタルたちもすごいです。めったにとべないホタルに会いにいかなかったけど、みんな見守っていました。とべないホタルがつかまりそうになった時、一ぴきのホタルが、身がわりになろうと子どもの手におりました。みんなが身がわりになろうと思っていました。すごいやさしさだなと思いました。会いにいってあげなくてひどいなと思っていました。ずっといっしょにいてあげるのが、やさしさだと思っていました。でもそんなことより、もっとゆう気があるやさしさです。
身がわりになってくれたホタルを見た時、とべないホタルはぼくは一人じゃなかったんだと思ったと思います。みんなが見守ってくれたことに気づいて、とてもうれしかったと思います。
身代りになってくれたホタルをとべないホタルもいっしょにむかえた時、やっとみんながひとつになっていっしょにくらせて本当によかったなと思いました。
ぼくは、五体満足です。とべないホタルの気持ちはわからないかもしれません。でも、いつもそばにいて助けてもらったら、がんばって生きていけないと思います。かわいそうかわいそうっていつも言われたら、悲しくなると思います。だから、ぼくは身がわりになってくれたホタルみたいに、いつもは見守っているだけで、いざという時に手をさしのべられるような、やさしさをもてるようになりたいと思いました。
熊谷市立吉岡小学校4年 横森裕星
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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日本語検定委員会特別賞
「とべないホタルを読んで」
ぼくはホタルを見たことがありません。この本を読もうと思ったのは、ホタルのことを知りたかったからです。どんなお話だろうと思ったからです。思っていたのとはちょっとちがうお話でした。でも、とてもいいお話でした。
サナギからかえった日、ホタルたちは一人前のホタルになれてとてもうれしそうでした。まだやわらかい羽を動かしたりして、早くとびたいんだなと思いました。ぼくもなんだかわくわくしました。ホタルたちがいっせいにとんだ時は、やったぁ、よかったね。と思いました。田んぼや海を初めて空から見てびっくりしただろうなと思いました。うれしかっただろうなと思いました。
だから、一ぴきだけ、羽がちぢれてとべないホタルがいて、とてもかなしくなりました。やっと、一人前になって、やっととべると思ってわくわくしていただろうに、どんなに羽を動かしてもとべなくて、悲しかっただろうなあとかわいそうに思いました。
そのホタルに、ほかのホタルが声をかけて、はげましたり、アドバイスをしたりしてみんなでおうえんしました。みんなやさしいな、と思いました。でも、どうにもならないことがあります。おうえんしてもらっても、羽がちぢれてしまっているから、どうしてもとぶことができません。とべないとわかった時は、くやしくて悲しくて、もどかしかっただろうなあと思います。
とべないホタルはみんなとはとべないから、自分が行けるネコヤナギのえだから見える景色を楽しんでいました。みんなと同じ所に行けなくても自分でできることをしてがんばって生きててえらいなと思いました。
他のホタルたちもすごいです。めったにとべないホタルに会いにいかなかったけど、みんな見守っていました。とべないホタルがつかまりそうになった時、一ぴきのホタルが、身がわりになろうと子どもの手におりました。みんなが身がわりになろうと思っていました。すごいやさしさだなと思いました。会いにいってあげなくてひどいなと思っていました。ずっといっしょにいてあげるのが、やさしさだと思っていました。でもそんなことより、もっとゆう気があるやさしさです。
身がわりになってくれたホタルを見た時、とべないホタルはぼくは一人じゃなかったんだと思ったと思います。みんなが見守ってくれたことに気づいて、とてもうれしかったと思います。
身代りになってくれたホタルをとべないホタルもいっしょにむかえた時、やっとみんながひとつになっていっしょにくらせて本当によかったなと思いました。
ぼくは、五体満足です。とべないホタルの気持ちはわからないかもしれません。でも、いつもそばにいて助けてもらったら、がんばって生きていけないと思います。かわいそうかわいそうっていつも言われたら、悲しくなると思います。だから、ぼくは身がわりになってくれたホタルみたいに、いつもは見守っているだけで、いざという時に手をさしのべられるような、やさしさをもてるようになりたいと思いました。
熊谷市立吉岡小学校4年 横森裕星
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
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★小学校高学年の読書メッセージ!★読書奨励賞
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日本語検定委員会特別賞
「命の重さは同じ」
あなたは、緑を大切に思ったことがあるだろうか。どんな生き物にも生命がある。そして命の重さは誰にも決められない。
私はこの本に、そんな命の大切さを教えてもらった。
この物語は、主人公の樹というごくふつうの男の子が、人間界と同時に存在する世界、緑の国を救うために勇者として戦う。そして、冒険やサラたちの緑の民を通して、樹の心は大きく成長していくという物語だ。
私が最も心に残った場面は、緑の国の女王サラが、「私たちの国はもうすぐほろびるでしょう。だから私はあなたにたくしたかったのです。未来と希望を。」「私は心からあなたに、私たちの未来を救う勇者になってほしいと…」と涙をたたえながら、樹にこう言った場面だ。私はこのサラの涙の理由について考えた。…きっと、一人の女王として本当に国を救いたいけど、私にはどうすることもできない。だから人間の樹の未来に植物と人間が協力できることを願っている思いが涙になるほどあふれてきたんだと思った。
そして樹は、サラが言う「勇者」の意味について考え、大きな決断をする。「…この国がほろびることがさけられないことだとしてもぼくは、最後までそれを見届けなくちゃって気がするんだ」と樹は生まれて初めて、こんなにもはっきりと自分の意志をもった。
樹は、緑の国に来て、たくさんの大切なことを教わり、心が変わった。失ったら二度と戻らない命の重さ、どんなときもあきらめずに戦う強さ、信じる強い力を知り、樹は、彼らからたくされた未来を創ろうと決めた。
私はこの本を読んで、人間の身勝手な行動によって、生き物が死んでいるということを初めてよく分かった気がした。私たち人間が生きるための地球上の酸素をつくりだしているのは、植物であって、決して自分たちではない。
森のきりくずしとは、地球のいのちを人間が殺していることに過ぎない。何億年も前から生きている植物たちを殺し続ける。そんなことがあっていいのだろうか。
植物は何も言わずに、人間に生命の恵みをあたえ続けてくれる。そんな植物をなくしていいのだろうか。
いいわけない。でも、生きるために他の者の命をうばうことは必要だ。しかし、それは身勝手にうばうものではない。身勝手にうばうのは人間だけだ。
植物のいのちも人間のいのちも重さは同じだ。これは全ての人間が知るべきことだと思う。
さいたま市立宮前小学校6年 杉浦夏帆乃
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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日本語検定委員会特別賞
「命の重さは同じ」
あなたは、緑を大切に思ったことがあるだろうか。どんな生き物にも生命がある。そして命の重さは誰にも決められない。
私はこの本に、そんな命の大切さを教えてもらった。
この物語は、主人公の樹というごくふつうの男の子が、人間界と同時に存在する世界、緑の国を救うために勇者として戦う。そして、冒険やサラたちの緑の民を通して、樹の心は大きく成長していくという物語だ。
私が最も心に残った場面は、緑の国の女王サラが、「私たちの国はもうすぐほろびるでしょう。だから私はあなたにたくしたかったのです。未来と希望を。」「私は心からあなたに、私たちの未来を救う勇者になってほしいと…」と涙をたたえながら、樹にこう言った場面だ。私はこのサラの涙の理由について考えた。…きっと、一人の女王として本当に国を救いたいけど、私にはどうすることもできない。だから人間の樹の未来に植物と人間が協力できることを願っている思いが涙になるほどあふれてきたんだと思った。
そして樹は、サラが言う「勇者」の意味について考え、大きな決断をする。「…この国がほろびることがさけられないことだとしてもぼくは、最後までそれを見届けなくちゃって気がするんだ」と樹は生まれて初めて、こんなにもはっきりと自分の意志をもった。
樹は、緑の国に来て、たくさんの大切なことを教わり、心が変わった。失ったら二度と戻らない命の重さ、どんなときもあきらめずに戦う強さ、信じる強い力を知り、樹は、彼らからたくされた未来を創ろうと決めた。
私はこの本を読んで、人間の身勝手な行動によって、生き物が死んでいるということを初めてよく分かった気がした。私たち人間が生きるための地球上の酸素をつくりだしているのは、植物であって、決して自分たちではない。
森のきりくずしとは、地球のいのちを人間が殺していることに過ぎない。何億年も前から生きている植物たちを殺し続ける。そんなことがあっていいのだろうか。
植物は何も言わずに、人間に生命の恵みをあたえ続けてくれる。そんな植物をなくしていいのだろうか。
いいわけない。でも、生きるために他の者の命をうばうことは必要だ。しかし、それは身勝手にうばうものではない。身勝手にうばうのは人間だけだ。
植物のいのちも人間のいのちも重さは同じだ。これは全ての人間が知るべきことだと思う。
さいたま市立宮前小学校6年 杉浦夏帆乃
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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★中学生の読書メッセージ!★読書奨励賞
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日本語検定委員会特別賞
「戦争の悲劇」
今回、この『黒い雨』という戦争がテーマとなる本を読み、現在、日本で最も大きな問題の一つともいえる、三月十一日の東北大地震における福島原発の災害事故や突然おそってきた大津波により、多くの被害があったことを合わせて考えてみたら、凄惨さと犠牲者、被爆者の語ることの出来ない程の苛酷な苦しみが、ぼくたち読者に迫ってきたのです。
今からおよそ六十六年前、原爆の一瞬の閃光に街は焼けくずれ、人々は放射能に雨にうたれ、さまよい歩く。
なぜ、悲しみしか生まれない戦争をしなければならなかったのだろうか、なぜ、罪のない市民がこんな戦争という愚かな出来事で命をうばわれなくてはならなかったのだろう。
それは、世界中のだれにも、もちろんぼくたちも、永遠に分からない。
戦争をしてしまったら、原爆病の適切な治療法もなく、手当する薬品も、処置もままならない中で、死と対決していくしかないのです。
これは戦争の中でも最悪の事態です。それも人間の造った巨大な爆弾で、一生懸命国のために尽くしてきた罪のない民衆を殺害し、何年も何十年も人々は原爆症のために苦しめられることになってしまったのです。
作者は、主人公の閑間重松、シゲ子夫妻と姪の矢須子を通して、広島とその周辺を舞台に戦後の生活模様や営みを伝えながら『黒い雨』と言う題材の中で冷静に描かれていました。
ぼくはこの『黒い雨』の作者、井伏鱒二の作家としての姿勢は、心の中の怒りや悲しみを越えて現実の悲惨な状況を努めて冷静な判断をしながら、どう読者に真実を訴え伝えたい思いで文章を書き続けたことに、本当に感激しました。
人は人の平和を破壊してはいけません。だれもが戦争を許さない、という考えをもち、みんなで力を合わせて、この世界を平和にするのだという強い気持ちをもつことが必要だと思います。
まず、化学を戦争の兵器に費やしてはいけないということ、化学は人類の幸せのためだけにあるのだと思います。
そして最も重要なことは、世界中の人達が争いを起こさず、仲良くしていくことです。今、日本は、大事な岐路に立っています。みんなが、いつも明るく笑顔で暮らせる社会を作るためには、これから日本を支えていくぼくたちが今、たくさんの事を学んでいかなくてはいけないのです。
だから、今は真剣に考える時なのだと思います。
川口市立幸並中学校3年 笠原航也
● ○。。〇・ 。●○・ 。○・。● ○。
●。〇・ ●。○。 ○。●・ ○ ・
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日本語検定委員会特別賞
「戦争の悲劇」
今回、この『黒い雨』という戦争がテーマとなる本を読み、現在、日本で最も大きな問題の一つともいえる、三月十一日の東北大地震における福島原発の災害事故や突然おそってきた大津波により、多くの被害があったことを合わせて考えてみたら、凄惨さと犠牲者、被爆者の語ることの出来ない程の苛酷な苦しみが、ぼくたち読者に迫ってきたのです。
今からおよそ六十六年前、原爆の一瞬の閃光に街は焼けくずれ、人々は放射能に雨にうたれ、さまよい歩く。
なぜ、悲しみしか生まれない戦争をしなければならなかったのだろうか、なぜ、罪のない市民がこんな戦争という愚かな出来事で命をうばわれなくてはならなかったのだろう。
それは、世界中のだれにも、もちろんぼくたちも、永遠に分からない。
戦争をしてしまったら、原爆病の適切な治療法もなく、手当する薬品も、処置もままならない中で、死と対決していくしかないのです。
これは戦争の中でも最悪の事態です。それも人間の造った巨大な爆弾で、一生懸命国のために尽くしてきた罪のない民衆を殺害し、何年も何十年も人々は原爆症のために苦しめられることになってしまったのです。
作者は、主人公の閑間重松、シゲ子夫妻と姪の矢須子を通して、広島とその周辺を舞台に戦後の生活模様や営みを伝えながら『黒い雨』と言う題材の中で冷静に描かれていました。
ぼくはこの『黒い雨』の作者、井伏鱒二の作家としての姿勢は、心の中の怒りや悲しみを越えて現実の悲惨な状況を努めて冷静な判断をしながら、どう読者に真実を訴え伝えたい思いで文章を書き続けたことに、本当に感激しました。
人は人の平和を破壊してはいけません。だれもが戦争を許さない、という考えをもち、みんなで力を合わせて、この世界を平和にするのだという強い気持ちをもつことが必要だと思います。
まず、化学を戦争の兵器に費やしてはいけないということ、化学は人類の幸せのためだけにあるのだと思います。
そして最も重要なことは、世界中の人達が争いを起こさず、仲良くしていくことです。今、日本は、大事な岐路に立っています。みんなが、いつも明るく笑顔で暮らせる社会を作るためには、これから日本を支えていくぼくたちが今、たくさんの事を学んでいかなくてはいけないのです。
だから、今は真剣に考える時なのだと思います。
川口市立幸並中学校3年 笠原航也
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